人間とウェブの未来

「ウェブの歴史は人類の歴史の繰り返し」という観点から色々勉強しています。

2018年の抱負 - Webホスティングサービスの技術を体系化したこととその意図について

2018年の電子情報通信学会論文誌BのVolume J101-B No.1(発行日:2018/01/01)「ネットワーク社会に向けたインターネットアーキテクチャ論文特集」に、我々が執筆した「Webサーバの高集積マルチテナントアーキテクチャと運用技術」という招待論文が掲載されました。オープンアクセスで誰でもダウンロードして読むことができますので是非ご覧下さい。

また、論文誌の最初に吉田先生による「ネットワーク社会に向けたインターネットアーキテクチャ論文特集の発行にあたって」において、以下のように言及頂けました。

更にWebサービスのハードウェアと運用管理コストを低減するための高集積マルチテナントアーキテクチャーについて第一線でご活躍中の実務家に御寄稿頂いた.Webサービスが社会生活に不可欠なインフラとなる中,性能とコストを如何に両立させるかは,研究者だけでなく事業者にとっても重要なテーマと考える.2本の興味深い招待論文を御寄稿頂けましたこと,感謝申し上げる

この論文は、自分がこれまでエンジニアとして、研究者として取り組んできたホスティングサービスの技術に関するサーベイ論文になります。とはいえ、ホスティングサービスとは、Webコンテンツやアプリケーションを事業者が管理できない前提でのWebサーバの高集積マルチテナントアーキテクチャとも言えるため、そのように一般化して、抽象化が難しかった基盤技術をできるだけ体系化して執筆したつもりです。

本論文では,Webサーバの高集積マルチテナントアーキテクチャにおいて,Webコンテンツをサービス事業者が管理できないことを前提に,高い性能とリソース効率を維持しつつハードウェアや運用管理コストを低減させるためのアーキテクチャについて,これまでの研究を概観するとともに,著者らによる最新の研究成果について紹介する.

と、概要の最終行にあるように、Webサーバの高集積マルチテナントアーキテクチャの基盤技術に関するサーベイしつつも、僕の研究成果もサーベイの一環としてまとめた論文です。主に、セキュリティ、リソース管理、運用技術について、ホスティングサービスに関する新しい技術にまで踏み込みつつも、ここまで体系化された論文は世界中で見ても少ないのではないでしょうか。

これまでは、ホスティングサービスに関する技術を学ぶには、Webコンテンツを自分たちが管理できないという特性から、現場でとにかく運用経験を積み、関連技術や対応策について理解を深めていく、という方向性がほとんどだったように思います。ですが、そういう内容を極力体系化するために言語化し、論文としてまとめました。是非ともホスティング業界にはじめて関わる人達が最初に読んで頂くような文書、あるいは、都度検索したりしていた技術的な内容が概ねこの論文を読むと理解できる、といったような体系化された文書という踏み台になると幸いです。また、別の業界の人に技術的に興味を持っていただくきっかけにもなると良いですね。

では、なぜ僕はこのような論文を苦労して書き上げたのでしょうか?論文誌の招待論文を依頼されるというのは名誉あることですが、ジャーナルの実績にはなりません。

というのも、ホスティングサービス業界の今後を考えると世界のもっと大きな存在を意識してやっていかないと、自分達の近いところで、少しだけリードするために社外に技術情報を公開せずに隠しても、世界のその大きな存在にあっという間に無にされるのではないかという危機感があります。そういう状況はそれはそれで自然ではあるのですが、この分野の研究をするにつれて、業界として技術的にまだまだ面白いことをできるのではないかと思い始めました。その結果としてこの分野でも新規性のある沢山の論文やジャーナルを執筆することができました。また、ロリポップ!マネージドクラウドもそのひとつです。ですので、是非ともこういう形でまずは国内で各社分散した技術情報をもっと共有していきたいと思っています。それが、我々業界の未来を切り開くひとつの選択肢だと考えます。

この論文でまとめた内容でも、各社ではもっとこういうのをやっている、もっとすごい技術を開発している、などという公開されていない情報も沢山あると思います。少なくとも、そういう技術情報はもっと業界に共有して技術開発に業界として取り組まないと、目の前にこだわりすぎるあまりにスピードがでないことに起因して、ほんとにあっという間に、今すぐにでも、自分達がもっとやれることがあったにも関わらず何もできないまま世界の大きな存在に取り込まれるのではないかと考えました。それだったら、上述した業界の流れを作っていく必要があると思い、まずは僕からたたきとして、自分がこれまで学んだり整理してきた内容をオープンアクセス可能なサーベイ論文としてまとめた次第です。

是非ともホスティング業界の皆様におかれましては本論文に目を通して頂いて、一緒に業界を盛り上げつつも、ホスティングとしての新たな価値をこれから生み出すためにも、こういう形で知見を共有していけると良いなと思っています。煩雑に散らばったノウハウや技術を集めて整理し、体系化することによって課題を認識し、その課題を技術力によって解決した上で、そういう制約から解放されもっと面白いこと、自分や社会にとって価値があることができるはずだと思っています。まだまだホスティングサービスによって社会が、世界が変えられると確信しています。

おそらくそのような技術やノウハウの透明化によって、業界にさらなる競争力が働き、大変になっていくでしょう。しかし、世界から見るとすでに我々はそういう状況にあると言えます。その競争の中で切磋琢磨し続けなければ、あっという間に取り込まれてしまうでしょう。

もちろん、国内とか意識する必要ない、と言われるかとしれませんが、個人的な話でいくと、僕は学生の頃からホスティング業界の人達に多くのことを教えて頂き、会社関係なく業界の皆様に成長させて頂きました。そのおかげで今の自分の考え方や技術力があります。業界としても2000年前後からWebサービスとしては比較的長い業界であり、技術的に枯れていると思われがちですが、もっと競い合いつつも良くしていきたい、次の世代も含めてもっとこのホスティングサービスやそれに関する技術を自分が育ったこの業界にこだわって育てていきたい、何よりもホスティングサービスってとにかくおもしろくやりがいのある価値あるサービスである、それらを伝えたい、という気持ちがあります。研究をする中でその伸びしろがあるというおぼろげな思いが確信に変わりました。

そういう意味でまずはひとつずつ恩返ししていきたいという気持ちもあり、言い出しっぺでもあるのでこの論文を執筆しました。それなりに執筆にも苦労しました。是非皆様がこの論文に目を通して頂き、こういう流れに協力頂けること、ペパボ研究所の所長がいつもいう僕の「やっていき」に対する「のっていき」を頂けると幸いでございます。

ということを今年はエンジニアとして業界を巻き込んでやっていきたいなと思っており、これを持って、今年2018年の抱負にしたいと思います。