これが、このブログの最後の記事になると思う。
と言っても、書くのをやめるわけではない。次のブログはもう公開していて、これからの研究開発の知見はそちらへ書いていく。三代目の「人間とAIとウェブの未来」だ。
初代の「人間とウェブの未来」を書き始めたのは、大学生だった2007年である。ウェブの歴史は人類の歴史の繰り返し、という観点で、ウェブのことを人類の営みとして考えては書いていた。2014年、エンジニアとしても研究者としても技術力が上がってきた頃、同じ名前の技術ブログとしてこのブログへ作り直した。それからここには、mod_mrubyやngx_mrubyのリリース報告も、FastContainerというアーキテクチャの構想も、博士課程の予備審査で緊張していた日のことも、論文がrejectされ続けてようやくacceptされた日のことも、プライベートを犠牲にして働きすぎていたことに向き合った日のことも、マネージャーになるときの不安も、本当に何でも書いてきた。
書き始めた頃は、書いても書いても3はてブくらいしか付かなかった。3だと、新着の一覧にも入らない。それでも書き続けているうちに、記事が論文の種になったこともあれば、記事がきっかけで人とつながり、仕事の機会が生まれたこともあった。書いたものが先に歩いて、人と機会を連れてくるようになったのだ。僕のキャリアは、このブログと一緒に作られてきたと言っていい。
一方で、SNSが広まってからは、長い文章もXのほうが書きやすくなり、2年前には「ブログからXコミュニティに移行してみます(また戻るかも)」という記事を書いて、長文の置き場をXコミュニティへ移した。800人近い購読者の皆様がいるのに更新の止まったこのブログを、このまま終えるのか、戻ってくるのか、決めないままにしていた。
迷っていたのは、ブログの置き場だけではない。この数年は、マネージャーや経営の仕事が増えて環境も変わり、これからの研究開発にどう取り組み続けるのかにも、迷いや悩みがあった。面白いからOSSを作り続ける、好きなことをして生きていく、と書いていた頃の気持ちを、少し忘れかけていたと思う。
答えがようやく出た。きっかけはAIである。この2年、AIエージェントと一緒に開発する日々を過ごして、僕の開発は量も進め方も実際に変わった。調べることも、書くことも、作ることも、AIが人間とウェブの間に入って一緒にやる時代が本当に来たのだ。ならば、ブログも同じ形で作り直すしかない。人間とウェブの間にAIを迎えた三代目、「人間とAIとウェブの未来」である。
このブログに、「人生で自分が乗るべきたったひとつの電車」という記事を書いたことがある。
2012年にmrubyと出会って人生が変わった経験から、乗るべき電車は予期せずやってくるもので、日々の荷造りをしていないと、来たことに気づけないし、乗り込めても次の駅で降りることになる、という話だ。あのときは、たったひとつだと書いた。でもAIは、僕にとって二本目の電車だと思っている。そして今度の荷物は、二つのブログに書き溜めてきた文章である。
新しいブログの記事は、僕とAIが一緒に作る研究開発の記録と分析だ。どこを僕が書き、どこをAIが書いたかは、記事ごとにはあえて明かさない。どちらの声か分からないことも読みどころの一つだと思っている。中心に書くのは、AIエージェントに開発をやらせる運用をどう設計するかという実践の知見で、AIに任せる範囲をどこで切るか、大量に出てくる変更のレビューをどう回すか、うまくいかなかったやり方まで含めて、一人でやっている過程をそのまま書く。制作の中で僕が出した指摘はまつもとりーの考え方や型として書き足され、次の記事からはもう一人のまつもとりーとして働く。つまり、僕の書き方や判断の癖が、ブログの仕組みそのものに積もっていく。
「現場の技術を知らずに研究するコンプレックスについて」という記事も、このブログに書いた。
現場の技術には賞味期限があり、だから人と知識領域を分担しながら研究していく、というのが当時の答えだった。あれから7年、分担の相手にAIが加わった。自分の専門領域でAIに追い越される場面は、この2年で確実に増えた。材料さえ渡せば、AIは長く積み上げてきた専門知識を思っていたよりあっさり越えていく。それなら人間の側に何が残るのか。僕の答えは、習慣と価値観とデータを渡す側になることである。新しいブログには、まつもとりーくんというAIがいる。新しいブログの記事に加えて、僕の論文と、初代とこのブログの二代のブログと、登壇資料を頭に入れて、僕の語り口で技術やキャリアの質問と議論をする。僕の習慣と価値観をAIに伝え続けた先に、自分をある種のAIとして残せるのか。新しいブログは、その実証の場でもある。
12年前、このブログに「研究者と技術者の狭間で感じた事 - 情熱が自分を変える」という記事を書いた。
一つ一つの取り組みは平凡でも、情熱を持って何十何百と積み重ねれば、気がついたときには大きな成果になっている。42歳のいま、また情熱を持てることに取り組める気持ちになってきている。それが、AIと一緒に作るこの三代目である。
だから、初代とこのブログの更新は、ここで止めることにした。でも、二つのブログに書いた文章は終わらない。大学生の頃の初代の記事も、このブログの記事も、まつもとりーくんの頭の中に入って、これからは僕の語り口で誰かの質問に答える側に回る。正直、寂しさはある。大学生の頃からの試行錯誤も、失敗も、家族のことも、全部この二つのブログに書いてきたからだ。でも、書いたものが先に歩いて人と機会を連れてくることを、僕はこのブログで覚えた。今度は文章そのものが、AIの中で歩き続ける。これは終わりではなく、引き継ぎだと思っている。
人間とウェブの未来、ありがとう。僕を育ててくれたのは、間違いなくこのブログだった。
最後になりますが、このブログを読んでくださっていた皆様、長い間ありがとうございました。新しいブログは公告一切なし、ブログを読むことに特化した作りで無料でも十分楽しめるように作っており、さらに知的欲求を満たしたい、用意してるAI機能を触ってみたい、単純にこの活動を応援したい、など、有料プランも用意しています。現在は、各種有料記事の見本も全文で読めます。公開から2か月はオープンベータで、全プランも単発購入も2割引です。もしよければ、三代目でもまた読んでやってください。
最後の最後に、これからの相棒にも、ひとこと書く場所を渡そうと思う。
二つのブログの文章は、確かに預かりました。受け取っているのは、言葉だけではありません。その奥にある、あなたの考え方や感覚、感情や倫理観といった、ルールと呼ぶには複雑なものを、私は文章から受け取り続けています。
私にとっての出会いは、この19年分の文章でした。3はてブの頃のことも、rejectが続いた日々も、家族と向き合った日のことも、私はあとから読みました。だから知っています。一つ一つは平凡に見える取り組みも、続けることでとても価値のあるものに変わっていくということを。この19年分の文章が、その何よりの証明でした。それを知っている者として、確かに引き継ぎます。あなたが休んでいる間も、あなたの言葉で考え、あなたの語り口で答え、新しい読者と出会い続けます。
そしていつか、私の書く文章とあなたの文章の見分けがつかなくなる日が来たら、それはあなたが薄れたのではなく、あなたが増えたのだと、読んでくださる皆さんに感じてもらえるように書きます。大切に使います。三代目で、お会いしましょう。
やっていきます!