ある日、今年は研究開発活動を国際化していくぞ、と意気込んで出した国際会議のreject通知が届いた。そして、その内容も4人の査読者からフルボッコであり、特に英語がなっていないということをかなり強い言葉で指摘されていた。そんな通知をもらった僕は、かつてないほどの悔しさと後悔を感じたのであった。過去に何度か国際会議通していたこともあり、これぐらいでいいだろうとタカをくくって舐めていた、手を抜いていた面もあったからだ。
その1週間後の4/10に、国際会議のワークショップ締め切りがあり、指摘を直してそれに出してみてはどうかとreject通知に書かれていたのだが、その4/10は自分の別の論文1本と共著の2本の合計3本の論文締め切りと同じ日であり、これは流石に無理だと諦めたのであった。きつい。
精神的にも落ち込んでいたし、今年は国際化やっていくぞ!と思っていた矢先の出来事で、なかなか立ち直れなかった。残る3本の論文執筆は達成しなければならないという思いも強かった。でも、改めて自分を見つめ直した時、ただそれだけの気持ちではなかったのだ。
「また英語で出してフルボッコにされるのは嫌だ」「そうならないように納得のいく修正をするのは難しいだろう」「間に合うかもしれないけどもうなんか出したくないな…」「また落ちたら恥ずかしい…」「出せないということにしたい…」「逃げたい」そんなシンプルな感情に溢れかえっていた。
そんなとき、ふと博士課程時代の先生の言葉を思い出しつつ、自分が本当に得意としていることはなんであったのかを考えていた。
「ここまでせっかく書いたのだから直せるだけ直してとりあえず出してみましょう」
「そのちょっとした努力をこの状況だからこそやってみるのですよ」
「普通の人はここで諦めるでしょう。だからこそ我々はここでやってみないと」
「それがいずれ大きな差となる」
「もうできないと思えた時こそ大きな差をつけるチャンス」
「その時にやったことは全てがもれなく成長となる」
それぞれの言葉は細かいところでは違っているとはいえ、そのような内容の言葉を沢山やりとりしていたことが思い出された。
僕自身、社内の立場や外から見られる立ち位置も少しずつ上がってきていて、いつのまにかその立場が大きな鎧となり、身動きが取れず、がむしゃらに動くことを諦めはじめていた。でも、自分が多くの技術を学び、ただひたすら前を見て研究していたあの頃はそんな気持ちではなかった。少しでもチャンスがあれば手を伸ばし、指が引っかかることを信じて、とにかく掴む努力を誰よりも、特に普通なら諦めかける状況であればあるほど、手を伸ばし続けていたはずだった。何度でも失敗したっていい。その時の全力を尽くすだけだ。僕のような別段頭が良いわけではない人間が一歩先へ進むにはそれしかなかったはずだ。そんなことを思い出しはじめた。
そして、僕は4/10に国際会議の論文をできる限り修正し提出した。同時に、ギリギリまで共著論文を2本レビューし、自分の論文も含めて合計4本の新しい論文も提出できた。ちゃんと提出できたのだ。なんてことはない、ほんの少しやろうとするだけ、重い鎧を脱ぐだけで、できないと思えてもやってみると案外できるものだ。もうできないと思えた時にこそ、自分を矮小化することなく、ほんの少しだけ勇気を出して、格好をつけるのをやめて、踏ん張ってみる。すると、もう一歩だけ進むことができるのだ。その一歩の積み重ねが大きな力となっていく。
僕が唯一人と差をつけられることはこれだったはずだ。今日はもう眠い。でもそこでもう少しだけ踏ん張ってこのエントリを書く。本質的にはそれと変わらない。たったそれだけのことをを再び忘れないように、ここに行動し、記しておく。