人間とウェブの未来

「ウェブの歴史は人類の歴史の繰り返し」という観点から色々勉強しています。

非厳密計算で確率的に解釈するコンピューティングへの流れ

ここ数ヶ月、沢山の国際会議や自分の専門分野外のトップカンファレンスに採録されるような多種多様な研究発表を聞いていた。そんな中、自分の中で各発表に共通するコンピューティングの流れみたいなものが少し見えてきた気がするのでメモしておく。

機械学習やコンピュータビジョン、ヒューマンインターフェース、コンピュータセキュリティ、計算機アーキテクチャ、量子コンピューティング等のトップカンファレンス発表報告を聞く中で、印象的だったのは、まさに新しい発見という研究もある中で、もはや枯れた技術で確立されたアーキテクチャにおいて、新たな貢献を示す研究があったことだ。例えばデータベースにおけるメモリ管理の話やCPUのパイプライン処理の効率化、スパコンの文脈におけるネットワーク通信の高速化の話など、いずれも登壇者が冒頭で随分と研究されてきた確立されたテーマであることを述べていた。

そういった確立された領域の中で、どの研究にも共通していると思えたアプローチは「実際のリアルシステムにおいては、こういう振る舞いがほとんどなので、そのケースに合わせて設計した上で、それで足りなければ元のアーキテクチャにフォールバックする」「リアルシステムではこういう使い方が多数なのでそこの優先度を変えられるようにすることで、大抵の場合有効であることを示した」「計算を大雑把に行って、だいたいあっているけど、間違っている時は厳密に計算し直す」といったような考え方である。

コンピュータそのものの原理に近い領域ではどれも汎用的に作られていることがほとんどである。一方、例えば僕が専門とするインターネット技術の領域では実践的な領域からフィードバックした課題や問題意識に基づいて特定状況における最適化を行い、全体として実運用上は有効であることを検討することが多い。そして、そういった考え方が、まさにコンピュータのアーキテクチャとしてその根幹の厳密計算が求められる領域であっても、そのようなリアルシステムにおける現実的な振る舞い、すなわち、確率的解釈や優先度を考慮したアプローチや非厳密計算に基づいたアプローチがまさにコンピュータの基本原理に近い領域にまで降りてきているように感じた。

これはまさに、他の歴史ある研究分野や実践が伴う応用研究分野のように、汎用的かつ厳密計算ができるように作られてきたコンピューティングが社会に溶け込み始めたことによってその使い方やデータが揃い始め、改めてリアルシステムからのフィードバックからコンピューティングを構成する各種計算機原理に近いコンピューティングアーキテクチャのコンポーネントにおいても問題意識や課題が充実し、特定条件に基づいて最適化して、それが全体として見た時も有効であることが示せるような時代になってきたことを意味するのではないか。

そして、量子コンピューティングである。まさにビットの扱いを物理現象や粒子の扱いにまで落とし込み、ビットの重ね合わせと確率論的かつ非厳密計算によるアプローチ、すなわち、得られる解の確率を確率振幅から厳密に制御しようとするアプローチにより、これまでのコンピュータ・アーキテクチャが解くことが困難であった問題を効率的に解くというコンピューティングのあり方である。ここまで聞いた時に、自然と自分は、ああ、コンピューティングはこれから厳密計算の流れから非厳密計算かつ確率的コンピューティングのハイブリッド、そして、粒子の振る舞いをビットとして解釈した汎用コンピューティングの世界になっていくのか、というのを肌で感じたとともに、自然科学や社会にコンピュータが溶け込んでいくことによって、量子化学のようなほとんどが確率的に示される世界へと、コンピュータが本当の意味で統合されていく世界になっていくのかと思えた。

これから、長い時をかけて、コンピュータがどんどん非厳密計算で確率的なコンピューティングの形態へと変化し、それぞれのコンピューティング層で扱われるアーキテクチャも、より自然科学や社会のあり方、さらには、人のあり方に近い振る舞いになっていくのであろうか。少なくとも、自分はそのように感じざるを得なかった。このノーフリーランチの定理的な流れは色々な研究の場面で生じているのは研究の歴史的に理解しているのだけど、またそういう流れが生まれているのを目の当たりにしている。歴史は繰り返す。

そして意図せずとも、この話は以前のDICOMOでの招待講演の質疑の中でもお話ししていて、インターネットと運用技術とか研究に今後なっていくのかという問いに対し、リアルシステムは更に多様になって使い方も変わるので、そういう問題の特徴や課題を捉えることでここに述べたような最適化が可能になり面白いと答えたのであった。